2009年6月 9日 (火)

島津義弘

「得だね」の歴史人物で「島津義弘」を取り上げていた。
高校の90周年記念誌「樟蔭」で生誕から、加治木で85歳で死去するまでの史実を読んでいたので、懐かしく見ていた。
放送終了後、記念誌を再読すると同時に、司馬遼太郎の「関が原」下巻「烏頭坂」の島津軍の「鉾矢型繰り抜きの戦法」の場面を読み返した。

番組で解説の先生は、この戦法は「徳川の時代になることを見越した義弘の先見の明」を称賛されていた。
「薩摩軍は強いのだぞ!」ということを見せつけることを狙ったのだと。

しかし、この戦法は薩摩軍が過去何回も実践で使用して成功している戦法だったそうだ。

島津義弘は、関が原の戦いの後引退して、加治木に引っ込んで、薩摩焼など文化の育成と、文武不岐の教育の基礎を築かれたそうだ。

薩摩軍は、関が原へも「灰汁巻」を持って行ったことも報道していた。
子供のときに食べた懐かしい味だ。

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2009年5月25日 (月)

仕事を成し遂げる三要素!

藤原正彦「感動の退官講演」文芸春秋5月特別号より
氏の父「新田次郎」の作品が好きだった。
藤原雅彦氏はの書で読んだのは「国家の品格」が初めてだった。
最近、氏の発言を読む機会が増えているが、長年勤務していた女子大を退官されるに当たって講演されたのを読む機会があった。
その中で、感動することを沢山伸べておられるが、以下のことは日記に記録しておく。

仕事を成し遂げるのに大切な三要素
1.「野心」
どんなに優秀な研究者でも、何かをしてやろうと言う気持ちなしにアイデアがわくことはありません。
辞書を引くと「野心」とは「身分不相応な望み」と書いてありましたが「身分相応な望み」だけでは発展は望めません。
「野心があってこそ困難な研究(事)に乗り出すことができるのです。

2.執着心
とにかく諦めないこと。
十年間一つの問題に取り組みやっと組み伏せた人もいます。

3.楽観的であること
悲観的である人は一生悲観しているだけで人生が終わってしまう。
自分の能力などに自己猜疑心が強い人は、物事にぶち当たる前にエネルギーをすり減らしてしまう。
自分を客観的に見たら人間というものは生きていけません。
おめでたくてよい、主観的でいいのです。
問題を処理しようとする前にいうことは、
「Oh it's so easy!」
であるが、たいていは解決しない。
どんな人でも、一度も見たことがない問題を前にすれば怯むものだ。
そこで、「こりゃ簡単だ」と自分に気合を入れて問題に立ち向かう。
「楽観的」でないと脳が全開しない。
それに、「楽観的」でなければ、挫折したときに立ち直ることができない。

以上、抜粋ですが、力を貰ったような気がする。

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2009年5月24日 (日)

お「愛想」

ニコニコするのは誰?

飲み屋でいささか聞こし召して、呂律の回らなくなったころ、大声で”お愛想は?”と叫ぶ。

これは主客転倒で、本来は、店側がお客に向かっていう言葉だ。

愛想よくして代金をしこたまいただき、というのが、こういう店の”お勘定”だ。

 飲み代がかさんで借金がたまると、かえって愛想がよくなるともいうが、それも程度問題。ついに愛想を尽かされるハメになる。

「愛想」は、漢字の意味どおり、”相手への行為””相手への思いやり”の意味だった。それが、”勘定”のことになったのは、あけすけに”お勘定”というのを避けて、ニコニコして申し上げますことは、と言っているのだ。

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2008年10月 2日 (木)

ご苦労さんでした!

清原選手、本当にご苦労さんでした。

このセレモニーで、充分にあなたの思い出を残すことができます。

ありがとうございました。

http://player.streaming.yahoo.co.jp/player/player.html?s_id=t&cp_id=00494&pg_id=v04004&co_id=v0400400000000496362&spid=2079239737&hash=eb8fac4477f4249c124be22216498bdd&ev=1

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2008年8月25日 (月)

芥川賞「時が滲む朝」を読んで

今月も発売と同時に「文芸春秋」9月特別号を買ってきた。

前回の芥川賞は川上未映子「乳と卵」だった。 読後の感想は女性特有の感じ方の文章に思えた。

今回の受賞者も女性であるが中国人女性である。

而も「天安門事件」を扱っている。

「天安門事件」は1989年に起きた。

物語の前半は、やっと難関を突破して入学できた地方の大学の学生が、若い教授が進める民主化運動に参加。 この運動が天安門へと合流してゆく。しかし、この運動は挫折してしまうが、リードしてきた若い教授やリーダーと思しき学生は外国へ亡命する。 残された参加学生たちは「自暴自棄」になり、酒の上で市民とのの事件を起こして傷害で逮捕された挙句、退学処分になる。

後半は、挫折した若者がどん底から這い上がって行く状況と、かっての教授への想いと再会が綴られている。 読後の感想としては、 やっと難関を突破した「無知な田舎出の学生」が革命の名のもとに運動趣旨も能く理解せずに参加したが時の権力につぶされて挫折した。

彼らを運動に駆り立てた若い教師やリーダーたちは彼らを捨てて海外に亡命した。 亡命した彼らを恨むこともなく、退学して出身地にも帰れないで労働者として転落して苦労して這い上がってくる若者たち。

現在「蟹工船」がたくさん読まれているようだが、比較すると問題の掘り下げが不足しているように感じた。

作者がインタビューで、

「日本人はみな真面目で、何でも重く受け止めすぎますね。もっと楽観的で、無神経にならないと生きていくのが難しいところもあるんじゃないでしょうか。」 と語っているのが印象に残った。

雑誌では石原新太郎氏など「選考委員の選評」が最初にあるが私は「作品」を先に読むことにしている。

その後、作者へのインタビュー記事、最後に「選評」を読む。 変な雑念を入れないためだ。

このころ私は香港を拠点にして広州近辺の小さな町(鎮)で合鎮工場(町との合弁会社)立ち上げに参加していた。

「天安門事件」を批判するため、香港の全てのタクシーは カー・ラジオ用のアンテナの先端に「黄色のリボン」をつけて走っていた。

しかし、われわれ日本人滞在者は、一歩本土に入ると この件を口にすることはなかった。

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2008年8月 1日 (金)

幕末動乱の男たち

海音寺潮五郎の史伝が大好きだ。 4月に復刻版で出版された「幕末動乱の男たち 上・下」は「篤姫」にも登場する人物達12名について紹介されている。特に興味深く読んだのは下巻に登場する「大久保利通」であった。作者は「西郷隆盛」について出版されているが、「大久保利通」についてはあまり好感を持っておられないようだ。多数の資料に基づいて大久保利通をくっきりと浮かび上がらせているのを、感動しながら読みふけった。

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2008年7月 9日 (水)

志士 袂別(べいべつ)の詩

海音寺潮五郎著「幕末動乱の志士たち 上」平野国臣より

国臣が上方に出るにあたって(真木泉の妹)お棹が袂別にあたって贈った詩

揺れるハート梓弓 春は来にけりますらをの 花をさかりと世はなりにけり揺れるハート

これに対して 国臣は
目がハートますらをの花咲く世としなりぬれば この春ばかり楽しきはなし目がハート
目がハート数ならぬ深山桜も九重の 花のさかりに咲きはおくれじ目がハート
と返したそうだ。

しかし、文章によると

「お棹の歌を、有馬新七は大へん感心して、寺田家の二階で出陣の支度をした時、足を投げ出し、天井を仰ぎながら、数回朗吟したという。」

となっている。
幕末の志士たちは、このような詩まで共有していたのだろうか?

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2008年7月 8日 (火)

七夕

今年の七夕の空は雲にさえぎら「天の川」は見ることができなかった。

環境サミットにちなんで、夜8時から10時まで東京タワーなどの照明を消してCO2削減のイベントもおこなわれた。

以前福島に住んでいたときは「仙台七夕」を見に行った。

「奥の細道」も以前 「第三十四日目 羽黒山」までを記載しましたが、その後 

第三十五日目「月山・湯殿山」

第三十六日目「酒田」

第三十七日目「象潟」

を経て

第三十八日目「越後路」一ぶりの関(糸魚川市市振)に到着した。

坂田を出発して「鼠の関」(鶴岡市温海町鼠ヶ関)から9日間かかっているそうだ。

そして、「一ぶりの関」で代表的な句を詠んだそうだ。

「荒海や 佐渡によこたふ天河(あまのかわ)」

注釈
 夏の日本海は波も静かで荒海ではない。
 この季節、「天の川は佐渡島上空には「横たわらない」。
 日蓮や日野資俊など多くの流人が佐渡に幽閉されていた。
 そこに「よこたふ」天の川は、これらの流人と芭蕉とを結ぶ心の媒体だったのであろう。


「文月や 六日も常の夜に似ず(あらず)」

注釈(明夜は七夕。今夜はその前夜だがすでにして常の夜とは違った雰囲気を感ずる。・・七月六日、出雲崎での作)

今日も一緒に「越後路」(北陸道)を富山、石川、福井に向けて旅しよう。

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2008年7月 6日 (日)

今日の桜島

200807061648 200807061759

Photo

http://www.painter.co.jp/cgi/c_view/c_view.cgi

もうすぐ「篤姫」が始る。

写真は今日の桜島です。

上記URLで時々見ております。

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日本代表選手として送り出す

北京オリンピックへの出場候補選手が確定してきている。

同時にワールド・サッカーへの出場権獲得試合も9月に予定されている。

これらの出場選手はメダル目指してがんばって欲しい。

しかし、出場選手に選ばれる「野球」と「サッカー」の選手については特別な想いがある。

それは、プロ野球やJリーグの中から優秀選手が抜擢されることである。オリンピックや出場権獲得試合中の期間中も通常のリーグがおこなわれていることだ。

一部のスポーツしに記事があったように思うが「浦和レッズ」の監督は「闘莉王」が抜けたときのカバーと復帰後のポジションに悩むとのこと。

このような記事を見たとき、現職時に「海外子会社」などに出向させる部下の選出と帰国後の職場の確保について、大いに悩み、同時に出向する部下や家族が「思いきり活躍」できる「環境」を作ってやり少しでも不安な気持ちにならないように腐心したことを思い出した。

出向させる期間は、3~5年であるので短期間の選抜とはもっと違った変化も予測しなくてはならないが、スポーツのような技術力に加えて、ナイーブな心理面によって成果が左右されることに対しては、チーム編成した監督と留守を守る監督には大変なご苦労があると思う。

オリンピック競技のメダル獲得もあるが、期間中に怪我でもされて、ペナントなどに出場できなくなったらそれこそ大変だ。

日本の代表として期待もするが、ぜひ怪我などしないようにがんばって欲しい。 

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«「志」を表現する詩・・漢詩